エンクレストマンションが展開する福岡市は中世からの商都「博多」と
近世(江戸時代以降)以来の武家町「福岡」を擁する双子都市として発展しました。
(室)
「確かここは聖福寺のはず・・・・。いつの間にこんなに瀟洒でハイカラな建物に変わったんじゃ?」
(湛)
「イヤだなあ!ここはエンクレスト御供所ですよ!このマンションの裏手が聖福寺・・・・。知ってるくせに・・・・。叔父さんのボケは相変わらず寒いな~。そんなにクサいリアクションじゃ、突っ込む気にもなれませんよ・・・・。」
(室)
「うぐ・・・・。」
(湛)
「叔父さん、そんなことで落ち込まないで下さいよ。さあ、着きました。皆様、ここが聖福寺ですよ。」
(室)
「コホン・・・・。聖福寺は1195年に創建され、臨済宗の開祖である栄西禅師が初めて我国へ『禅』を持ち込んだ由緒ある寺院でございます。」
(湛)
「栄西禅師は、もともと天台宗の総本山・延暦寺の優れた僧でしたが、後に中国大陸へ渡航して禅宗の教義に触れ、臨済宗の開祖となります。」
(室)
「栄西禅師の布教は博多・京都・鎌倉等を中心に行われたが、新興教義にありがちな他派排斥を唱える攻撃的なものではなく、仏教再興と既存教義との調和を旨とする穏やかなものだったそうじゃ。」
(湛)
「調和と円満。商取引の鉄則と同じですな。」
(室)
「ところが、結局栄西禅師は天台宗から排斥されてしまったそうな。」
(湛)
「あらま。やっぱり教義の世界は商いよりも厳しい・・・・。」
(室)
「だが、栄西禅師はその穏やかな性格故か、朝廷や鎌倉幕府の厚い保護を受けることになり、後には京都五山の建仁寺を鎌倉幕府の支援で建立されたのだ。」
(湛)
「この聖福寺にしても、後鳥羽天皇から『扶桑最初禅窟』の額を賜り、これは現在でも寺の山門に置かれています。」
(室)
「宗湛よ、少し歩くか?」
(湛)
「は~い。門はこっちかな?お邪魔しま~す。」
(室)
「こらこら!門の名称を確かめよ!」
(湛)
「勅使門!?勅使というと、帝(天皇)のお言葉を伝える為の尊い使者のこと・・・・。ひぇ~っ!申し訳ございません。」
(室)
「不敬罪で危うく死罪になるところであったわ!しかし、勅使門までが用意されておるとは、さすがに『扶桑最初禅窟』よのう。」
(湛)
「では、こちらの通用口から・・・・。」
(室)
「それで良い。おお、これが山門か!」
(湛)
「後鳥羽天皇より賜った額は、この山門に掲げられているのですね。」
(室)
「山門を抜けて、こちらが仏殿・・・・。ほう、これはこれは大きな仏様が安置されておる。なんと、黄金色に輝く見事な仏様じゃ!奈良や京都以外でこれ程見事な仏像を拝めるとは・・・・。」
(湛)
「本当ですね!叔父さん・・・・。しかし、聖福寺は我国初の禅寺というだけではありません。実は、我国に初めてお茶を持ち込んだのも栄西禅師なのです。そして、この聖福寺で初めて茶の栽培が行われたと言い伝えられています。」
(室)
「栄西禅師は脊振山等でも茶の栽培を行い、茶の普及に努めたそうじゃ。」
(湛)
「いやあ、聖福寺は本当に『初』尽くしの由緒あるお寺ですね。」
(室)
「皆様が博多に来られた折には是非足を運んで頂きたい寺じゃ。」
(湛)
「そういう話であれば、少し先の妙楽寺も是非ご案内致しましょう。」
(室)
「妙楽寺?」
(湛)
「妙楽寺も1316年創建の古い寺院です。中世には大陸との貿易を盛んに行っており、明国への使節団も宿泊する等、当時は対外交易の一大拠点となっていたそうです。さあさあ、こちらですよ・・・・。」
(室)
「ほう、黒田家の夭折したご子息の墓がある・・・・。ここも由緒あるお寺のようじゃな。何じゃ、これは?『神屋宗湛居士・・・・』じゃと?ぬぬっ!これはお前の今の住まいではないか!」
(湛)
「いやあ、最近は訪れてくださる方も少なくて・・・・。ついつい公私混同してしまいました。私、博多の栄光と共に生きた神屋宗湛はこの妙楽寺に起居しておりますぞ!是非遊びに来てください!茶飲み仲間も募集中です!」
(室)
「これ、いい加減似せぬか!」
[続く]